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鈴子部録

子無しひきこもり専業主婦☆鈴子の日常(生存)記録&超初心者のセルフジェルネイル♪ ※やっと趣味ができました(笑)

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【バロン】≪最終回≫その後・・・⑥

バロン


あれからもう8年。

甥っ子の成長とともに、

バロンがこの世からいなくなった月日を想う。





母が離れの柱のキズにガムテープを貼った。

そう、バロンがあの夏の日に発狂してつけた傷だ。

ささくれだっていて、一度はサウンドペーパーでこすってみたが

余計に汚くなってしまい、そのまま放置。

悪戯ざかりの甥っ子も

この柱で怪我をしてはといけないと思い、

ガムテープを貼り付けたのだ。



兄が一番最初に気づいた。

「あっこれっ・・・・」

すかさず甥っ子が聞く。

「パパ、何?これっ?」

「お?これはなぁ、バロンが発狂してやったんだわ」

「ばろん?」

「おぅ、うちの番犬バロンだ。」

「ばんけんばろん?」



そんなやりとりを横で聞いていた、私と母。

「番犬バロン」、兄もしっかり子供に伝えていたのだ。

我が家の「番犬バロン」はこうやって次の世代にも

受け継がれる。





数年後、

姪っ子も生まれて甥っ子と一緒に離れで遊んでいた。

姪っ子が柱のガムテープをはがそうとしていたそのとき、

私が言う前に甥っ子が、

「それ、はがしたらいかんっ!!」

「なんで?」

「なんでもいかんっ」

「なんで?なんで?」

「ここは大事なの。」

「大事?」

「そう、ばんけんばろんの想い出だから」

「ばんけんばろん?」

「うん、パパが飼ってた犬の名前」

「ばんけんばろんっていうの?」



びっくりした。

ほんの数年前に聞いただけのはずなのに、

しっかり8歳の甥っ子は覚えていたのだ。

そして、妹にもしっかり伝えている。



姪っ子のめくっていた柱のガムテープが半分ほどめくられていた。

甥っ子が「ガムテームない?」と私に言ってくるので、

柱についた残りのガムテープも剥がしてと甥っ子に頼んだ。


ガムテープを母屋に取りに行き、戻ってみると、

何やら甥っ子が柱に向って落書きしている。



「こーーーらっ、何やってんのっ」と怒ると、

甥っ子は、

「だって、こうやっとけば忘れないでしょ?」と言った。

その落書きをみて、私は怒る気が失せた。

そして、

「内緒にしといてあげるから、その後にこう書いて」と注文した。



「○○○○○○○、○○○○○」



フフフ・・・まんざらでもない文字にご満悦な2人。

その上に新しくガムテープを貼って、

私と甥っ子の共同作業は滞りなく終わった。




「内緒だぞっ」


「うん」


二人は顔を見合わせて、母屋に戻る。





私たちのこの落書きはいつバレるだろうか?

甥っ子と私しか知らないこの柱の落書き。



忘れるなよ、甥っ子よ。

私も忘れないから。




次にテープを貼り替える

その日まで・・・・






「ばんけんばろん、

   ここにあり」




(全部ひらがなかよっ)



2人の落書きは(まだ今のところ)、テープに包まれている。






※最後まで読んで下さった皆様へ

1週間にわたり、なっがいっ鈴子のバロンの思い出に
お付き合い下さり、ほんとうにありがとうございました。
もぅおなかいっぱいのことでしょう。
ここでたくさん語ったので、
もぉこのブログでバロンの話はしません。
安心して下さい。(笑)
また明日からふつーーっの「鈴子部録」に戻ります。
どうかコメントお願いしますっ!!待ってます!!
最後までほんとにありがとうございました。


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| バロンの思い出 | 11:22 | comments:24 | trackbacks:0 | TOP↑

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【バロン】お別れ編⑤


バロン


春でよかった。

庭に咲いている色とりどりの花をすべてバロンに捧げた。

安らかに目を閉じ、横たわるバロン。

バロンが我が家にきて18年目の春、

「番犬バロン」の役目を終え、天国へ旅立つ。












私が会社から帰ると、土間にバロンはいなかった。

バロン?

母を探した。

母屋にもいない。

裏口から出て畑をのぞき、

車庫と離れの通路にしゃがみこむ母の姿を発見した。


「お母さんっ、バロンは?」


母は目を腫らし、私に言った。




「鈴ちゃん、バロン、死んじゃった」




嘘だ。

「うそっ」

嫌だっ

バロンが、

「バロン、バロン、バロン・・・・」




何度バロンと叫んだことだろう。

そこにいるバロンにはもう私の声は届かない。

線香の匂いと煙が充満する通路で、

私は動けないでいた。



母はリンゴの木箱をスーパーから貰い、

晩年ずっと愛用していたタオルケットの上にバロンを寝かせていた。

隙間には庭に咲いていた花がびっりしと敷き詰められている。


バロンの体は冷たかった。

既に硬直しており、どこを触っても冷たく硬かった。

お尻の皮膚ががんに犯され、一部化膿している。

母は獣医さんから、薬を処方してもらうのを止めた。

もうバロンには痛みが感じないらしい・・・

食事も缶詰に入った流動食だった。

目も見えていなかったと思う。

でも家族の声はちゃんと聞きわけていた。

父や祖母の気配には、顔を挙げるだけ。

私と母に対しては、体をふらつかせながらも、

立ち上がって一生懸命、しっぽを振ってくれた。

だがもうそのバロンもいない。

神様によって、天に召されてしまった・・・





天からのお迎えが早いか遅いかはわからない。

いつからか私たち家族は既に覚悟していたからだ。

だけど、

あんなにあっけなく逝ってしまうとは思ってもいなかった。





バロンの安らかな顔を見ながら母に聞いた。

最後はどういう風に逝ってしまったのか・・・

すると、私が朝出かけてすぐということを知った。

あの「ワオーーン」と強く逞しく吠えたのが最期というのだ。




最後の力をふりしぼって

バロンは私たちに何を伝えたかったのだろう・・・。

どうして私はすぐに気づいてあげられなかったのだろう。



帰ってきてから2時間を過ぎたころ、仕事を終えた兄が駆けつけた。

兄は無言だった。

母の話をうんうんと頷きながら、一生懸命聞いている。

目に一杯涙をためて、優しく頭をなでていた。

「バロン、よく頑張ったな」

そう言って、硬く冷たくなったバロンの体をまたなでた。

あのときの私と兄は一生懸命バロンの体をさすっていたように思う。

私たちの体温を少しでも与えてあげたかった。

もちろん伝わる訳がないのだが・・・



兄も線香とお花を添えて、

私と母と兄、3人は誰もこの場所から動こうとしない。

お互い思うところはあったんだと思う。

良く考えたら、私達3人がバロンを迎えに行き、

家まで連れてきた。

そして最後もきちんとお別れができてよかったと思う。

死に際の力強いバロンの遠吠えに

気づいてやれなかったことが悔やまれるが・・・


そのことを兄に言うと、


「そうか・・・・バロンは最後まで番犬バロンだったんだな」


といった。



うん、そうだ、そうなのだ。



最後まで我が家の「番犬バロン」は、しっかりと逞しく

吠えてくれたのだ。


その逞しい遠吠えを私はちゃんと覚えている。



「かっこいいじゃん、こいつ」

「うん、そだね」



母はそんな兄妹の会話をただじっと聞いていただけだった。




それから数か月後の7月、兄に初めての子供が生まれる。




まるで生き違いかのように・・・・

元気な男の子だ。


続く。

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 今週はコメント欄を閉じております。ご了承下さい。


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| バロンの思い出 | 12:00 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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【バロン】初めての病気編④


バロン


15年目にして初めて大きな病気にかかった。

病名「フィラリア」

フィラリアは別名を犬糸状虫という虫です。
フィラリア成虫はそうめんそっくりの姿をしていて
メスで長さ30センチにもなり、
対象動物の心臓や肺動脈に寄生します。
寄生された動物は血液循環がうまくいかなくなったり
呼吸が苦しくなったりし、
肝臓や腎臓にも影響が及んで衰弱して死に至ります。
フィラリア成虫がほんの1~2匹寄生しているだけでも
咳などの症状を起こすほか、
何十匹もが団子のように心臓に住みついてしまうと
重篤な症状となります。

犬糸状虫の名のとおり、
犬への感染が圧倒的に多いのですが、
猫やフェレットなどもフィラリアにかかります。




バロンは何時間もかかる大きな手術をした。

高齢というのもあり、手術で命の助かる可能性は

限りなく低いものだと獣医から告げられていた。

でも、私たち家族はこの手術に賭けていた。


私たち家族に今できること、

それは神にもすがる気持ちで無事を祈り、

成功することだけをじっと待つことしかできなかった。





数時間後、獣医から連絡が入る。

少しの助かる可能性に・・・家族の思いは通じたのだ。

手術は成功。

なんとバロンの心臓から40匹近くもフィラリア成虫が出てきた。


この大手術で5日間ほどバロンは入院した。

母が病院に迎えに行ったとき、

バロンは痛々しい姿で横たわっていたのに、

母の顔をみたとたん飛びついてきたのだった。

そんなバロンを愛おしく母は見つめて、良く頑張ったねと称えた。


それから病院でもらった薬をなかなか受け付けないバロン。

食欲も一時期なくなり、また嫌な予感が頭をよぎる。

そんな母と私の思いとは裏腹に、バロンは私たちに甘える。

「心配しないで」とでも言っているかのように、

ペロペロと私や母を慰めるかのように顔を舐めるのだ。


きっと傷口も痛いのだろう、、、、横になってることが多くなった。

でも私たちがくると無理してでも起き上がろうとする。

そんなバロンの姿が痛々しくたまらなかった。



でも今思えば、まだこのときは元気だったように思う。

大手術のあとの経過を心配したが、

なんとか元気に無事毎日を送ることができた。

その後も少し病気にかかったり、

薬の投薬なども続くことはあったが、

なんとか我が家の「番犬バロン」は健在していた。


そして、17年目の冬、

またバロンに異変が起きた。


その頃からバロンはまっすぐ歩くことができなかった。

同じところをぐるぐる回るようになったり、

散歩も長い距離は無理になってきた。

家の周りを母が抱えて散歩することが続いた。

既に老化現象ともいえる犬の痴呆症状だと思う。

祖母は数年前に体を壊し、離れでは心配のため、

鈴子と祖母が部屋を入れ替わった。

兄が結婚して家を出てからは、

離れは鈴子だけの自由気ままな生活となる。

そんな離れの土間にバロンもあるときから

一緒に生活するようになった。

そう、足が不自由になり寝たきりが続くようになってからだ。

毎日私は母屋と離れを行き来する。

その度にバロンは私をみて尻尾をふる。

そんなバロンに私も何度となく声をかけ、

その都度バロンが私に甘える姿が嬉しかった。

毎日と言っていい位私はバロンに愚痴っていた。

家族のことや仕事のこと・・・その他モロモロ。

とりあえず1日の締めはバロンとの何気ない会話で締めくくる。

「おやすみ」

この言葉をかけるのは、バロンだけだった気がする。






バロン18年目の春、私たち家族にとって

忘れることができない春を迎える。



その日、私は仕事が早かった。

早朝の出勤、家を6時30分に出ていた。

7時15分には会社につかなければならない。

そんな早出の日の朝、

土間のバロンにいつものように声をかえて出発する。

「バロン、いってきまーーーすっ」

頭をなでて、いつもように尻尾をフリフリして私を見送るバロン。

土間の戸を閉め、自転車に跨り一漕ぎした時だった。





「ワオーーン」





珍しくバロンが吠えた。

母が丁度外で洗濯物を干しながら、

私に行ってらっしゃいと声をかけた時でもあった。



そのとき私も母も、

めずらしくバロンが吠えたなぁと思った。



既に衰弱していたバロン。

お尻付近の傷口に薬を塗る為に体の位置を変えるだけで

「キャン」と、か細く鳴くことはあっても

「ワオーーン」と力強く吠えることなどここ最近なかった。



母は何かを察し、土間に入った。





そして、



そこには・・・





既に息絶えたバロンの姿があった。




続く。

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| バロンの思い出 | 14:17 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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【バロン】夏の悲劇編③


バロン


「うわああああぁーーーー!!」

「おいっ、ちょっとぉっ、これみてみぃっ!!」

「これっ、バロンっ、おまえがやったんかっ(怒)」



その日の朝は祖母の罵声が響き渡った。

土間で寝ていたバロンは、祖母から思いっきり怒られている。

引きずられるようにして小屋に入れられるバロン。

バロンにとっては、

昨日よりも今日の方が厄日のように思えてならない。



朝っぱらからキャンキャン怒り吠え続ける、祖母。

どっちが犬だか・・・

そんなことを思いながら、

バロンをみるとあきらかにしょんぼり顔だ。

「やっちまったぁ」という表情で、

怒られてるという自覚は人並みに見て取れる。

そんなバロンに同情しながらも、

祖母の怒りの矛先は、母に向かっていった。


「あんたがこんなところに犬を入れるでいかんのだわっ」

「もぉ絶対ここに犬入れたらいかんっ、わかったっ!!」


母もすいませんと平謝り。

あーあ・・・・やっちまったかぁ。

でもこの惨状を見れば致し方ない。

怒られることの原因を作った犯人、

いや、犯犬?

我が家の番犬「バロン」であることは隠しようのない事実だ。

でも、あのときは誰も気づかなかった。




ことの起こりは昨晩の花火大会の真っただ中、

うちのバロンは興奮して離れの土間に入れられる。

ワンワンと吠え続けるも、

それ以外の怪しい音など聞こえなかったと母は語るが・・・

バロンも必死だったのだろう。

恐怖に脅え、とりあえずいてもたってもいられない。

この状況で何とか、自分を紛らわすために

目に付いた柱に噛みついた。

噛めども噛めども自分の恐怖は紛れない。

前足も手伝い、無我夢中でその柱に爪を立てる。

ワンワンワン

ワンワンワン

吠えても吠えても誰も助けてくれない。

ワンワンワン(お母さん、助けて)

ワンワンワン(お母さん、助けて)

鳴けども鳴けども誰もこの恐怖を静めてはくれなかった。



どれだけの時間がたったのだろうか。

鳴き疲れたバロン。

大人しくなったバロンに外から母は声をかけた。

バロンは母の気配に気づきまた鳴く。

「バロン、大丈夫よ。怖くない怖くない」

声だけかけた母は、またすぐ母屋へ戻る。

バロンは鳴くのをあきらめたようだった。

そして数分後、花火大会も終わり私と兄が戻る。

土間で横たわっていたバロンが兄に近づいたとき、

火薬のにおいに一瞬躊躇したようだったが、

すぐに自分の飼い主の匂いに安心して鼻をこすりよせていた。

私と兄は暗闇のなかでバロンの頭に触れ、

「おやすみ」といってそれぞれの部屋に入っていった。

そして、翌朝、一番に土間に入った祖母が、

兄の部屋の入り口柱に、

誰が見てもはっきりとわかるささくれだった柱を発見した。

40センチくらいの大きな傷跡。

人間業とは考えられない引っ掻きキズだけではなく、

角は深いところで2センチほど削りとられていた。

凄まじい惨状に母と私は思わず目を覆い隠す。

ハァ~・・・

離れができてまだ数日。

その数日でこの惨状。

祖母はまたバロンの存在が疎ましく思ったに違いない。

母と二人でサウンドペーパーで表面をこすってみたが、

余計に汚らしくなってしまった。

もぉこれはしょうがない。

柱を変える訳にはいかない為、

この状態のままにすることとなった。


その年の夏の終わり、台風が鈴子の地方を通過した。

ゴロゴロと雷も地響きとともに容赦なく襲いかかってくる。

バロンは相変わらず発狂して吠え続けていた。

でも、もう土間に入れる訳にはいかない。

と本来なら考えるだろう・・・がここはB型の母。

まったく何も考えずに土間にバロンを入れる。

すぐそばで兄(A型)がバロンをなだめるも、

興奮は全く収まらない。

その雷は夜中まで続き、

兄は気になって全く眠れない時間を過ごした。

バロンがいつまた柱をかじるかと思うと気が気じゃなかったのだ。


が、しかし、そこは中学生の兄、睡魔には勝てない。

翌朝、案の定柱の傷は増えていた。

そう、横に広がるように・・・・勢力拡大中。

なぜか誰が見ても分かる柱の傷だったが、祖母は怒らなかった。

完全に諦めたのだろう。

あの嫁に何を言っても無駄と悟ったに違いない。

でも祖母はなんだかんだとバロンの散歩はよく行っていた。

家族の中で一番祖母が散歩してたと思う。

母もそれは感謝していたようだ。

ただ、晩年は祖母も高齢のため、兄や父、母が担当していた。

えっ?鈴子はって?

フフフフフ・・・実は私、全く散歩をしませんでした。

家族の中で一番私がバロンの散歩をしてないと思う(笑)

でも晩年のバロンの世話は、母と同じくらいしてましたよ。

ほんとほんと。

いや、ほんとだってば。

ほんとよ。(クドイ?)





夏の一時期だけ豹変するバロンでしたが、

1回だけ雷も花火もないのに脱走したことがあったんです。

それは・・・・「発情期」。

オスの本能むき出しでメスを求めて彷徨った、らしいです(笑)

今でもその行動が私には信じられない。

あのバロンが?・・・ウソでしょ?!

近所の方がバロンを家までつれてきてくれました。

思いっきり抱き抱えて、そして一言チクリ。

「お宅のワンちゃん、去勢させたら?」

そう、この方のメス犬に覆いかぶさろうとしたらしい・・・

未遂に終わったんですが(笑)

しかし、やるではないかっバロンめ。

お主も隅におけないのぅ~

なんて悠長に言ってはいられない。

ただ平謝りする母の姿があった。



結局バロンは最後まで去勢しませんでした。

だから死ぬまで雄でいられたんですが、

まったくロマンスのかけらもなかった訳で・・・

が、しかし犬社会においても秩序はある。

うちの雑種の犬よりもそりゃぁ血統書付の

お犬様の方がいいだろう。

バロンが未遂に終わったメス犬は、血統書付のマルチーズ。

(おいおいハードル高すぎやしないか? 雑種の分際で)

もちろん彼女は室内犬だ。

網戸越しにモーションをかけたらしいのだ。

頼むよ、バロン。

それじゃぁ、いくらなんでも無理ですってっ!!

ねぇ?



そんなバロンもいつのまにか我が家で15年の月日を過ごしていた。

15年目の夏、事件は起こった。



まさかこれが命の危機に関わることになるとは

誰もが思っていなかった訳で・・・


続く。

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【バロン】夏の想い出編②


バロン


バロンはほんとに良い番犬だった。

なぜならば、気が小さいため、人が来たら必ず吠える。

「気が小さい=よく吠える=番犬」という訳だ。

うちの実家はほんとにドがつく田舎。

木造平屋で戦後に建てた家、その頃で築35年以上だったと思う。

そんな我が家にチャイムはない。

客はみんないきなり玄関ドアをあけ「ごめんくださぁ~い」だ。

それが当り前の日常風景。

でもバロンが来てからはすぐに客が来てることがわかった。

玄関前にある犬小屋がかなり訪問客には不評だったと思うが、

家の住人からすると、

とても高性能な呼び鈴であることは確かだった。

でもこの犬、エライもので新聞配達のおじさん(朝)、

おばさん(夕)、郵便配達のお兄さんには吠えない。

なぜかそこのところはわきまえている賢い犬だった。

そんな賢い一面を覗かせながらも、飼い主泣かせな部分もあった。



バロンがきて4年目の夏、

いろんな農具や自転車などを置いていた小屋を壊し、

新たに離れを作ることになった。

その頃父は自動車保険の代理店をしており、

離れの一部屋を事務所としていた。

そして兄も中学生となり自分の部屋が必要とのことで

思い切って離れを作ったらしい。

私は新しい離れに住むことは許されず、

兄と祖母が離れに住むことになった。

完成した離れの作りは和室1と洋室2、物置部屋1と

米を作っているので保管も兼ねて

大きめの土間のような靴で歩くスペースが出来ていた。



ある夏の日、

家の近くにちびっこ広場(=公園)があり、

毎年夏休みに近所の子供が集まり、ラジオ体操をする。

私たち兄妹は恵まれていた。

歩いて2分、ギリッギリまで寝ていられるのだ。

そこの公園で毎年子供会主催の盆踊り大会が行われる。

我が家も家族で毎年参加していた。

低学年の頃は終わればそそくさと帰宅、

でも高学年になるにつれ・・・その後のお楽しみがメインとなった。

「お楽しみ=夜の花火大会」

大会というほど、すごいものではない。

ごく小規模の近所の小中学生の子供(ほぼ男子)が、

その日は親公認で遅くまで騒ぐのだ。

もちろん盆踊りの片付けも、もれなくついてくる(苦笑)

でも私たち近所の子供にとっては、

この花火大会に出席できるできないで

夏休み限定イベントのテンションもかなり違ってくるのだ。



その花火大会当日の朝、

夕方まではまだ時間があるにも関わらず、

私と兄はかなりハイテンションだった。

母に小遣いを貰い、朝っぱらから兄と一緒に

隣町まで花火を買いに行っていた。

そんな子供たちの姿を横目に、

母はバロンの頭をなでながら、こう言った。


今日はバロンにとっては憂鬱な日よね


この言葉が意味すること、、、、

それは、

バロンの嫌いな物、第1位の雷に続き、

同じくらいに花火が嫌いだったり・・・するのだった。



毎年夏は大変。

夏の風物詩、近所の至るところで打ち上げられる花火。

そのたびにうちのバロンは発狂する。

普段穏やかなバロンもこのときばかりは容赦ない暴れっぷりだ。

何度となく、首輪を引きちぎり脱走するのだ。

行くところは決まっており、すぐ足がつくのだが・・・

バロンなりの抵抗の現れともいえる。

近所の親戚から連絡が入り、すぐにバロン確保。

いつもの散歩コースでおやつが貰えるバロンの

憩いの場所が毎回避難場所となる。

そんな4度目の夏、離れを建てたと同時に

バロンの小屋も新しく生まれ変わることができた。

大工さんにお願いしてバロンの新居も同じ頃完成したのだ。

今までは鎖でつながれ、発狂する度に脱走だけではなく

地面を掘り怒られていたバロン。

新しい新居は、横約2メートル×縦約1、3メートルの

側面格子張りの立派な高床式(?)住居、施錠付きとなった。

これで小屋の中では鎖いらずの生活となった、バロン。

それでも屋外には変わらない・・・(汗)



そしてとうとう大会当日の夜、盆踊りの音楽がやみ

1発の打ち上げ花火が空を舞った。

これが花火大会の幕開けなのだ。

子供たちの歓声も聞こえる。

すると落ち着かない我が家のバロン。

母は既に帰宅しバロンをなだめていた。

でもバロンはワンワン吠えだす。

うちのバロンが起爆剤かのように近所の犬も吠えだす。

いかん、近所迷惑だ。

母は狭い小屋で身動きのとれないバロンをあまりに不憫に思い、

離れの土間に入れた。

でもバロンは相変わらず鳴きやまない。

母は、バロンを土間に残し、とりあえず母屋に戻る。

そして一刻も早く花火が終わることを祈った。


数時間後、私と兄は帰宅。

私たちは土間にいるバロンに驚くが、

なんとなくこの状況を察したのだった。

バロンは鳴き疲れたのだろうか、大人しく横になっていた。

暗闇の中でバロンは兄に近づき、足元に寄り添う。

「兄ちゃん、おかえり」とでも言ってるようにも見えた。

この日は朝までバロンをこの土間で休ませてあげよう。

そう思わずにはいられなかった。




そして、

このときは気付かなかった。

翌朝の悲劇の惨状を目にするまでは・・・


続く。

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